1.深海底レアアース・レアメタル採掘事業化の留意点

深海底レアアース・レアメタルの採掘は技術的に難しく、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が技術開発を行っており、2017年8から9月にⅠケ月かけて沖縄近海で1500mの海底熱水鉱床から18.4tを揚収した。2020年7月には南鳥島南方海域930mの海底からコバルトリッチクラスト0.65tを揚収している。しかし資源エネルギー庁の「海洋エネルギー鉱物資源開発計画」では「2028年に揚鉱システムの概念設計検討を行い、民間企業による商業化の可能性を追求する。」となっており、未だ技術的可能性を探求する段階で商業化のめどは立っていない状況です。また過去、石油・ガス以外の深海底資源揚収の事業化に成功した例はありません。日本の経済専管水域が世界第6位と広くその中に海底資源が豊富に分布しているとしても、なぜ掛け声はあっても商業化の話がないのか大きな謎がある。まず商業化の可能性と条件を解明する必要がある。

2.採掘成功時の価格暴落

最も注意すべき点は、レアアース・レアメタルは市況商品であり、需要分野もハイテク戦略分野で不可欠とはいえ、分野が限られている。このことは、採掘に成功すれば価格が暴落することを意味している。従って、現在の市況を目標にした商業化は投資回収もできずに倒産を意味する。2017年度のレアアース・レアメタル輸入額は20,000t で平均$30/kgであるから、6億ドル/年の規模であるが、採掘に成功すると数分の1から1/10に暴落する可能性があるので60~200億円/年、平均300~1000円/kgを覚悟する必要がある。

価格暴落時にはどのような価格形成がなされるであろうか。海底資源が報じられているように膨大に存在する場合、最低の採掘コストの採掘者が需要を満たしきり、競争相手を排除した価格で市場が形成される。採掘成功時には事業化に不可欠な要素は次の2点である。

  • 絶対的な価格競争力
  • 価格競争力を維持した量的拡大能力

3.政府主導開発の意味

このような状況にも関わらず石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が技術開発を行っている理由は何であろうか。経済専管水域にレアアース・レアメタル埋蔵量が大きいことを示し、かつ採掘技術の実用化が視野に入ることを対外的にPRしてレアアース・レアメタル資源戦争での抑止力を手に入れることであろう。この場合は、輸入が途絶えた場合、市況は数倍から1桁高騰するので、現在の市況の数倍程度のコストで揚収可能であれば十分抑止力たりうる。レアアース・レアメタル禁輸による産業界への影響の大きさを考えれば政府が2019から2022年度に100億円かけて技術開発をする意義は経済安全保障の抑止力確保の点では意味がある。技術開発は政府資金で行うとしても、経常経費レベルではこの技術は商業化に耐えられないと当社は判断している。

4.事業環境の認識

このように深海底レアアース・レアメタル採掘の目標コストは経済安全保障で抑止力として求められるレベルと、商業ベースで市況に打ち勝つ水準が10倍内外相違して存在するという極めて奇妙な構造となっている。これは、レアアース・レアメタルの国内市場規模(輸入)が600億円/年に対し、レアアース・レアメタルの供給に影響を受ける市場が100兆円レベル存在する特殊な構造に起因する。

5.事業化戦略

2項で述べたように採掘成功時の価格暴落に耐えうる絶対的な価格競争力を獲得できなければ採掘に成功してもいずれ開発投資を回収できずに倒産に至る。レアアース・レアメタルと同様な市況商品を相手にした資源開発にシェールガス・シェールオイルの例がある。対象は石油と天然ガスであり典型的な市況商品であり、日本南方の深海底と同様に米国中西部の地下には以前から大量の石油と天然ガスがシェールガス・シェールオイルの形で埋蔵されていることが知れていた。市況に見合う採掘コストが実現できて初めて商業化された。

経常採掘コストの削減の重要な視点として、海底鉱物資源の開発ではほとんど議論されていないが、ひとたび成功した鉱山の経営を維持するためには、鉱脈に沿った採掘が容易でなくてはならない。佐渡金山、伊豆金山では採掘が鉱脈に沿って山を割ってまで進んでいるし、シェールガス・シェールオイルが商業化に成功した要因は資源を含む地層に低コストで採掘を拡大する技術(マイクロサイズミックス、採油管を地層に沿って曲げる技術、採油管の周辺の含油地層を破壊する技術)の完成によっている。採掘成功後、低コストで成果を拡大し増産できることは開発投資の回収と、価格低下への抵抗力の源泉となるので海底資源の採掘でも鉱脈に沿った低コスト掘削能力の付与は不可欠である。

採掘成功後の市況悪化への対抗策として、市況が比較的安定している海底貴金属掘削を同一技術を適用して行うことも有益である。

徹底した低コスト化には ①開発コストの圧縮と ②経常コストの圧縮がある。

5.1開発コストの圧縮

開発コストの圧縮方法には、汎用ハードウェアを用いて高度で専用の機能をソフトウェアで実現する方法がある。例としてドローンはこの手法を用いており、そのソフトウェアは宇宙探査機レベルの高さであるが低価格である。また、ソフトウェアの開発を少数のハイレベルのプログラマで内製化することも重要である。機能検証と改良は詳細物理モデルとシミュレーション技術を駆使して行う(Virtual Design)ことにより少ないコストで最終的な実機試験までに高い完成度を達成し、開発コストを削減する。

5.2経常コストの圧縮

深海底レアアース・レアメタルの採掘で通常行われるのは、専用の揚鉱船から大型水中ポンプを揚鉱管先端に付けて深海に吊下し、海底の採鉱サイトで採集破砕した細粒鉱石を圧送水上に圧送する方式であり、①深海底レアアース・レアメタルが海底に薄く広く分布する特性上、鉱脈に沿って水平移動するのが容易ではなく、増産時にコスト圧迫要因になる。加えて②採掘量に比例して設置すべき専用機材のコストが大きい。(大型水中ポンプ、揚鉱管、海底炭鉱サイト、電源装置、揚鉱船など) これらは量的拡大に比例して設備投資が必要となる。

標準安価なハードウェアと高度な機能ソフトウェアで構成される自律性の高いシステムを構築することにより ①専用機材を大幅削減できる。 さらに高度なソフトで機能を実現しているためソフトウェアのコピーにより採掘量の拡大に対応できる柔軟性がある。

当社における技術開発は以上の考えに従って実施されている。